カレンダー

10月 │2005年11月│ 12月
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

 プロフィール

はしもと

Author:はしもと
ユーザインタフェース系のお仕事をしてます.関心領域は画像処理,拡張現実感,ヒューマンコンピュータインタラクション,エンタテインメントコンピューティングあたり.モノ書きもやってます.

 工学ナビ

工学ナビは工学系の技術のチュートリアルを扱うサイトです.

 作ったもの

 Twitter

 

 天気予報


 ブログ内検索

 カテゴリー

最新コメント

 RSSフィード

 リンク

このブログをリンクに追加する




工学ナビの中の人 はしもとのブログです. いろんなコトを研究的,工学的な視点で見つめます.
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大学における研究のゴールとは
国際学会の論文の締め切りが迫っている.
学会発表は好きだけど,論文はあまり好きになれない.
しかし論文を書くことは避けて通れない.


研究という活動を行う場合,企業と大学では価値感が異なる.
企業では「売り物になるのか?」が優先されるのに対し,
大学では「論文になるのか?」が優先される.(もちろん例外はある)

こんなことがあった.

ある日,教授に
「・・・例えばこの場合はこうなって無理です.また,この場合もです.
 というわけでこの手法は根本的に問題をはらんでいます.
 限定されたシチュエーションでないと実現できません.
 現実問題として,実装に無理があります.


という感じの報告をしたら

「君はできない理由ばっかり述べてるんだよ.
 そりゃ全ての場合に対応できたらすごいけど,
 これはこれで論文としてまとめないとダメだよ.

と,たしなめられた.反省.

大学の研究では,実装(製品化)が現実的かどうかはあまり重要ではない.
コストがいくらかかろうが知ったことではない.
ある種の限定条件下でも,議論している本質的な部分が成り立てばそれで良い.
条件付きで理論を組み立てることは論文を書く上で常套手段だ.
つまるところ,「実装が現実的か」よりも「論文になるか」である.
他の人が考えていないことを論文という形で世に出すことに意味がある.

大学における研究活動のゴールは論文としてまとめるところにあるのだ.

大学院に進むと論文を書くのは修論だけではないので,僕のように理論より実装のほうが好きな人は覚悟が必要です.しかし 学会用の論文の集合体=修論 と考えるといささか気が楽です.


スポンサーサイト


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。